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【佐賀のこの人のルーツを探る!vol.2】 書道家・山口芳水さんが歩んだアートの道のり

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新年号「令和」を揮毫(きごう)した山口芳水さん

 佐賀市内の桜が満開に咲き誇った4月2日、自ら主宰する「シロクロ書道教室」(佐賀市神園1)で、前日に決定したばかりの新元号「令和」を毛筆にしたためる書道家の姿があった。その名は山口芳水(ほうすい)さん。話題の2文字を白い半紙に力強く揮毫(きごう)する姿は、何の変哲もない、ひとりの書道師範そのものだ。

 日本の伝統文化である「書」の素晴らしさを次世代に伝えていきたいと、子どもたちを中心に書道を教えている。NHK佐賀の番組コーナー「美文字講座」の講師を担当するほか、サッカーJ1サガン鳥栖のスローガン題字を手掛けるなど、書道家としての活動を続ける一方、近年は現代アートにも進出。2018年に国立新美術館(東京都港区)で行われた公募展「第4回躍動する現代作家展」で「貪欲」をテーマにした作品群「G series(ジー・シリーズ)」を発表し、最優秀賞を受賞した。2019年10月にはフランス・ルーヴル美術館での出展が決定している。

 書道家の枠に収まらず、「アーティスト」として進化してきた山口さんの活動の原点は何なのか?これまでの歩みをたどると、アートが秘める無限の可能性を探求する「貪欲」な人物像が見えてきた。今回は、「異色の書道家」の活動遍歴と、その独特の「アート論」に迫る。


自らの作品「武士道」をバックに

 1980年に佐賀市に生まれ、5歳で書道家の父・山口流芳(りゅうほう)さんの教室に入門した山口さん。ひたすら書道の腕を磨き、小学1年で「佐賀県書道展」に初入選したことを皮切りに、地元の書道コンクールで入選を重ね、16歳で父の教室で指導を始めたという。

 山口さんは「小学生の時にはすでに、書道家になると決めていた。卒業文集に、『僕は書道家になりました』と過去形で書いたほど」と振り返る。卒業文集では表紙の題字とデザインを担当した。「未来へのつばさ」という字とともにペガサスの絵を描き、「これが、書道以外で依頼を受けて人前に見せた最初のアート作品。絵を描くのも面白いなと、このときに気づいた」と振り返る。

 山口さんは「書道は手本を見ながら忠実に書くのが基本だが、何らかの対象を模写する技術という意味では実は絵画と共通している。また、筆を進めながら白い余白を色で埋めていくという作業も同じ。書とアートは、かけ離れているように思われるが、根底にあるものは全く一緒。この感覚は、30代になってから理解できるようになった」と話す。


小学校の卒業文集の表紙

 大学卒業後、山口さんは、友人たちと地元で音楽ユニット「Njapa Japan(ンジャパ・ジャパン)」を結成。「佐賀弁ラップ」を駆使したヒップホップ系の音楽で、ライブハウスなどで人気を博したという。山口さんは「作詞を担当したことで言葉を紡ぐ能力が上がった。聴き手の思いに寄り添いながら歌うことで、『アートの双方向性』にふれることができた。いずれも現在の活動に活かされ、表現者としてのクオリティが高まった体験だった」と振り返る。

 また、自身が参加する音楽イベントの企画を経験したことで、集客、広告、営業、ブランディングなど、ビジネスに通じるスキルを高めることができたという。「この経験が2014年の『シロクロ書道教室』の創立につながった」と話す。


「シロクロ書道教室」の内観

 表現活動の基礎を固め、ビジネスのノウハウを身につけた山口さんは、本格的に「書道アーティスト」の道を歩み始める。33歳の時に初めて開いた個展の様子はサガテレビ制作の「ドキュメント九州」で放送された。2015年には上海、香港、バンコクでの個展を開催し、海外進出。2017年には自動車メーカー「BMW」のパンフレット用に制作した作品が同年の「東京モーターショー」で使用されるパネルにも採用された。


BMW車の横に並ぶ山口芳水さんの作品「至高の美」

 「昨年の国立新美術館への出展で、現代アート作家としての自信もついた」という山口さんは、今年に入り絵画の制作を本格的に開始。洋服店「サロンモード」(佐賀県鹿島市)で今年3月に開いた個展でアートとファッションの融合をテーマで絵画を展示。「小学生の時に感じた絵を描くことの喜びが、ついに形になった」と感慨深く語る。


今年3月に「サロンモード」で発表した絵画作品「Space」

 これまでの活動を振り返り、「貪欲で吸収力のある若い時期に様々なことを学んで、それが現在に役に立っている」という山口さんは、「書道、音楽、現代アート、そして絵画と、一見ジャンルの異なる創作活動を行ってきたが、それぞれの珠(たま)が一本の糸でつながって数珠になるように、ひとつに統合されて自分のオリジナルスタイルを築きあげた」と話す。さらに、「どの作品も『山口芳水』が作り出したものであり、すべて『人間・山口芳水』のストーリーや人生観がくっついている。私の中ではもはやアートにジャンル分けはない」と言い切る。


佐賀・多布施(たふせ)川沿いの桜並木の前に立つ山口芳水さん

 今後について「いつもとにかくワクワクしていたい」といい、「アートには無限の可能性がある。世界を変える力がある。アートでこれから何ができるだろうと思うと、楽しみで仕方ない。前向きな気持ちが創造性をかき立て、思いがけない新たな作品に自分を向かわせる。常識を突き破る斬新な作品をこれからも発表したい」と意気込む一方で、「決して順風満帆ではなかったし、まだまだ勉強中。悩み苦しんだ時期に身に染みたのは、『素直』、『謙虚』、『感謝』の3つ。この『ゴールデンスリー』は常に心にとどめておきたい」と思いを込める。

 来たる令和の世に、唯一無二のアーティストとして輝きを放つ。「チャンスを待つのではなく、自ら作り出す。常に挑戦しつつ、目の前のことを淡々とこなす」という山口さんの視線の先は、すでに新時代に向けられている。

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(2019年1月31日配信記事)
山口芳水

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