今夏、オランダの古都・デルフト市に、佐賀市出身のアーティスト・ミヤザキケンスケさんによるプロジェクト「Over the Wall(オーバー・ザ・ウォール)」の大規模壁画が完成した。8月30日に開かれた完成披露会での様子を現地からレポートする。
(オランダ在住ライター・古瀬小百合)
ミヤザキさんは2015年から、壁画制作を通じて世界を明るくし、人々を応援したいという思いでプロジェクト「Over the Wall」を展開している。ほぼ毎年、世界のどこかで壁画を描き、現地の人々に制作へ参加してもらうことで共創を大切にするアート活動だ。これまでにケニアやパキスタンなど各国で作品を手がけ、佐賀ではSAGAサンライズパークの巨大照明塔「サンライズタワー」を彩ったことでも知られている。
式典でインタビューに答えるミヤザキさん(左)
壁画の制作の地となったのは、デルフト市の西側に位置するブイテンホフ地区。この日、同地区で開かれた式典には、プロジェクトに関わった地域の人々や子どもたち約80人が集まった。
今回、オランダを選んだ理由として、日本とオランダの歴史的な繋がりが背景の一つにある。特にデルフトは、ヨーロッパでも有名な陶器「デルフト焼」の産地として知られているが、これに影響を与えたとされるのが、佐賀県の有田焼。また、オランダは多様な民族が暮らしてきた歴史を持ち、壁画の制作の地となったブイテンホフ地区は、年々移民の割合も増えているという。ミヤザキさんは「地域の人々との対話を通じて、これからの共生のかたちについて、ともに考えていきたかった」と振り返る。「Over the Wall」としては、オランダは9カ国目、西ヨーロッパでは初めての実施となり、今回のプロジェクトは、オランダと日本の交流425周年を記念する事業のひとつに認定された。
制作に励むミヤザキさん(photo credit= Museum Prinsenhof Delft | Marco De Swart)
完成した壁画は、高さ約14メートル、幅約10メートル。中央には、有田焼やデルフト焼をイメージした白地に青の模様の壺を置き、周囲には色鮮やかな花々を添えた。さらに、大きく描かれた太陽には「世界中の人々が同じ太陽の下で生きている」という想いを込めている。
制作期間は8月からの約3週間。ワークショップも開催しながら地域住民との交流も深め、ミヤザキさんの作品に実際に筆を走らせる参加者もいた。
地元の子どもたちも制作に関わった(photo credit = Museum Prinsenhof Delft | Marco De Swart)
壁画の中央に配置されたのは、有田焼やデルフト焼をイメージした白地に青の模様で描かれたつぼ
完成した色彩豊かな壁画を前に、参加者からは大きな拍手が贈られた。制作をほぼ毎日のように手伝っていた12歳の男の子は「楽しかった。有名人になったみたいだ」と誇らしげ。近隣に住む女性も「美しい。壁画のおかげで街が一層明るくなった気がする」と笑顔を見せた。
今回のプロジェクトの実現には、デルフトにあるプリンセンホフ博物館が関わっている。「『壁はありませんか?』と佐賀県から連絡をいただいたのが始まりだった」。そう語るのは、同館のマーケティング担当、マルロース・コスターさん。同館で有田焼やデルフト焼を展示していたこともあり、協力できないかと考えた。デルフトで壁画プロジェクトを運営しているコミュニティ組織「CANIDREAM(カニドリーム)」とつながり、今回のミヤザキさん用の壁を提供できたという。
この日の式典では、ミヤザキさんと同時期に制作に取り組んだアーティストのラクシュミ・マヌエラさんの壁画も披露。マヌエラさんは、インド系とスリナム系のルーツを持ち、ロッテルダムを拠点に制作を重ねている。彼女は、この地区に住む人々のインタビューを通じて、忘れられた、あるいは語られずにきた家族の物語に光を当てる壁画を制作した。
アーティストのラクシュミ・マヌエラさん(左)と、ミヤザキさん(Photo credit= Museum Prinsenhof Delft | Marco De Swart)
マヌエラさんの作品の前で記念撮影をする地元住民や関係者
両者の作品には、「Restoring the Balance(バランスを取り戻す)」というテーマが共通しており、共有された歴史、異文化協力、集団的な記憶や創造の力が表現されている。
ミヤザキさんの作品の前で記念撮影をする地元住民や関係者(Photo credit=Museum Prinsenhof Delft | Marco De Swart)
ミヤザキさんは「プロジェクトの意味や意義が伝わったと感じ、大きな自信に繋がった」と振り返り、「今、世界は壁を作る側になってきている。壁を作らず、みんなで乗り越えていく。それが一番のメッセージ」と語った。
完成披露会では、関わった人たちが皆、笑顔で楽しそうだったのが印象的だった。壁画は、日常を明るく彩るだけではなく、異文化交流や地域住民との共創の大切さを伝える象徴として、今後も人々の目と心に残り続ける。
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